有刺鉄線でつかまえて

映画の感想めも

【ネタバレ】車のかわりにガキが出る!映画「名探偵コナン紺青の拳」を観た話

クッソおもしれえポイント
・園子がかわいい
・推理やサスペンスをかなぐり捨て「実在の建物を破壊しまくる」ことに特化した本編。
・シンガボール破壊祭り
・登場人物全員知能がワイルドスピードくらいしかないし、人体強度と強さもワイルドスピード。車の代わりにコナンが出てくる。
・蘭ちゃんとあの蘭ちゃんをも畏怖させる京極真という男のWハルクが武装したヤベーイ奴らを蹂躙する。
・園子がかわいい
・アマゾネスLINEに続く吐血マーライオン
・エンディングテーマでスピーカーから国宝が聞こえる
・園子がかわいい
・すげえドスケベな中年男性が出てくる
・園子がかわいい
林原めぐみ様のお叱り音声
・とんでもねえドスケベな中年男性が出てくる
・園子がかわいい

 

パンフレット
・本編のお供って感じ、イラスト集とか詳しい解説とかキャラブックというよりは作品のお供。
・京極真と園子の簡単な関係が書いてあるので助かった
怪盗キッドとコナンの簡単な関係が書いてある
・イメージボードみたいなのはない、ほぼ文字
・少年探偵団の見せ場なので、みんな買おう
・文字にふりがながふってないので、割と子供向けパンフレットタイプじゃない

 

総合
名探偵コナン」ってコンテンツの一番の強みって「アニメ」ってところなんですよ。
アニメなんだからなんだって出来るんですよ、この規制だらけの邦画において「名探偵コナン」が生き残り続ける部分はこれがあるんだと思いました。
名探偵コナン」が真っ向から推理モノやサスペンスモノをしようとしてもどうしても、実写作品や実在の事件などと比べられちゃうんですよね。
コンテンツのターゲット層のこととか規制や規約など考えるとやれることが少ないなかで工夫しても、どうしても「所詮アニメ」って言われちゃう。
でもその「アニメ」が邦画や洋画、アジア映画インド映画とにかくこの世界のありとあらゆるものに「名探偵コナン」が勝っている部分だと思うんですよ。
絵なんだからなんだって出来るんですよ。ロンドン橋落とそうがスカイツリー折ろうがハルカス爆破しようが、アニメなんだからッ!
予告編でも散々出てきた「吐血マーライオン」が何故「吐血マーライオン」したのかホントマジで「マーライオンからさ……なんか……血?まぁ血じゃなくていいけど……なんか出たらさ……かっこよくない?おもろない?」くらいの感覚で出されているから信頼度高いですわ。なんかでかい建物あんな爆破しよ!のマイケル・ベイ理論ですよ。なんかおもろいから爆破しよッ!ハリウッド理論で話が進むなぁ……ッ!!!!!!!カッコ良さ重視です。
破壊祭りモノになると競い合う作品が途端になくなるんですよね邦画は、破壊祭りに重点をおけば「名探偵コナン」は一人勝ちできる土俵に今いる。
これからも実在の建物を破壊してほしい、景気よく爆破していってほしい、そう思いました。
今一番面白い邦画だし「エンターテインメント」だなって、だって「シンガポール爆破セレモニーしてえ」ってことしか伝わらねえもんこの映画。
あと未だに「俺は高校生探偵工藤新一」からはじまるこれまでのあらすじオープニングがあるし、今回の主要キャラである怪盗キッドと暴力の擬人化京極真の説明もあるので初見でも安心ですよ……。
とりあえず映画、スピーカーから国宝が流れるまで観て?


以下とりとめないやつ。ネタバレ全開やぞ。

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2018年の邦画の話【超】

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 2018年に観た、2018年度公開邦画を16本観ました。

ドラゴンボール観たよ!これで心置き無く2019年に挑めっぞッ!

 

絶対観てくれよなッ!

仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER
パンク侍、斬られて候

ドラゴンボール超ブロリー
マンハント
カメラを止めるな!
孤狼の血
去年の冬、きみと別れ

万引き家族
未来のミライ
名探偵コナンゼロの執行人

BLEACH

ニンジャバットマン
ラプラスの魔女

50回目のファーストキス
来る
サニー/32

あほくさ

 

※上記映画のネタバレ全開だし、あくまでも個人の意見やからこれを読んで「観なくて正解wやっぱりクソだったじゃんw」とか言わずに観てくれよな。映画は地獄、体験してなんぼよ。

 

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ママのQueenのCD割って捨てた話

追記
見に行きました。
取り急ぎ。
Queenよく知らない世代。
しゃくたんの偏見に充ちた懺悔は下にあります。

Queenは受け入れるかは自由だって言ってくれるバンドでした。


東宝梅田の応援上映ってやつに行ってきました。ひとりだと耐えられないと思って。
ライブエイドの時はほんもののライブみたいでした。めっちゃ雰囲気良かったです。これが応援上映か……最高やな。ほんま。今まで行ったんはあれヤジ回やわ野球場やんけうてーッ!しばくぞーッ!


これって何映画なのかな結局
Queenってバンドの歴史映画なのか、フレディー・マーキュリーという偉大なパフォーマーの伝記映画なのか。
音楽版「田園に死す」だね、田園に死すを基準に考えるな。
猫映画です。猫かわい。


史実と違うってめっちゃ書かれるけど、そう思うと映画で描かれてたのは「Queenのそうあって欲しかった歴史」と「Queenだけが知るQueenの歴史」なのかな。
仮面ライダービルドじゃん……


フレディー・マーキュリーの人柄はわかったけど、それ以外のメンバーの人柄とか人生とか全く触れないから他のみんなはQueenという車の部品でしかない状態だけど、やっぱりそうなるとフレディー・マーキュリーの映画なのかな。多分あまりにも他のメンバーが「バンドはバンド、僕は僕、君は君」みたいな自立しまくったきちんとした自我を持ってはるまともな人やったんやなって……あとフレディー・マーキュリー大好きで彼の才能も彼自身も好きやったんやなってQueen大好きやねんなって……伝わって……しんどい……Queen大好きって……ほんま……仲良し……


フレディー・マーキュリーは人間を愛するのに向いてないというか、ファルーク・バルサラが愛したのは「フレディー・マーキュリー」だけだったんじゃないかな。でもそれを認めるとめっちゃ孤独じゃん?1人なんだもんな。孤独じゃん?。孤独だし「え?ナルシストってこと?」みたいなこと言われんじゃん絶対理解してもらえないじゃん。異性愛者からも同性愛者からも。マジ銀河の孤独。星屑ですら輝きを図る数値があんのによ。同性愛者でもなければ異性愛者でもなく無性愛者でもなく。人間が恋愛対象じゃない人だったんじゃないかな。なにか自分は人とは違うけど、それを表現する術を知らない、その違うことへの孤独や恐怖や憎しみや悲しみや高揚感に名前をつけると「Queen」そして「フレディー・マーキュリー」になったのかな。


Queenの曲は教室で「なんだかここ息苦しいな」と思ってる子に酸素ボンベのように渡されるもんだった。

好きな男子がいなくて、ジャニーズに夢中になれなくて、なんにもとりえがない、あの教室で息苦しい思いをしながら生きてたしゃくたんが欲しかったものがあった。

それを自ら捨ててたんだもんな。

なんてことしたんだろうって、フレディー・マーキュリーに付きまとう「孤独」を少しでも味わったくせにさ。

泣き疲れたら終わってました。


茶屋町タワレコは11時まで開いてた。

まずはこれを聞いてみようと思います。
ママ これは捨てないよ。


おわり





こういう懺悔の話って、やる方はスッキリするけどされる方はイライラモヤモヤするからやめた方がいいんだろうけどさぁ~
今日観に行く決心がようやく付いたのと、あの「あまりにも辛すぎて記憶を抹消していた」みたいなことが自分にもあるとは思わなくて。
あんなんほんまにあるんやねほんま……。

1973年にデビューしたイギリスのロックバンド「Queen」の映画「ボヘミアンラプソディ」が大ヒットしているけど
こっちはまだ映画「ヴェノム」でいっぱいいっぱいやからほんまいつ観に行こう~~~~とワクワクしてたらオトンに

「あいつはエイズで死んだんだ~ホモなんだ~」

と面白トリビア的に言われて、ずーーーーーーーっとぐちゃぐちゃしててしすぎて押し込んでたもんが全部出て今風邪ひいてる。

「ホモになって死にたくない」

2004年のしゃくたんたちは本気でそう思ってQueenを憎んでいた。


人生でQueenの曲に関わるタイミングは3つだと思ってんの
1つは映画。予告編だの劇中歌だのとにかくよく出てくる。
2つはCM。テレビ観てたらなにかしら聞こえてくるぞ。
3つはジョジョの奇妙な冒険。めっちゃ可愛いよね。


しゃくたんの邪神生にQueenが初めて登場したのは2004年。


木村拓哉さん主演ドラマ「プライド」の主題歌として「I was born to love you」が起用されリバイバルブームが起こった頃。
学校の英語の時間でも取り上げられて勉強したしてた。

フレディー・マーキュリーの性に関しても教えられたんだけど、もう完全に「面白ネタ」扱いだった。

信じられないけど、あの頃の教室ではそれが当たり前だった。
当時の社会の感覚マジで「男は女を愛して、女は男に愛されるもの」「ホモは女になりたいオカマ」「女が女を好きになるのは一時に気の迷い、男を知れば治る」くらいのもんなんだわ。マジで。今もそうかもしれないけど。でもあの時を生きてた身としては今は選択の幅が増えたし「迷う」ことができるようになったと思うよ。


学校なんて「多数派になり、個性を殺して、従順に生きる方法」を押し付ける場所だから、英語の女性教諭も「同性愛者だから死んだ、残念だ」とか平気で言ったからな。
少数派で個性的なフレディー・マーキュリーの生き方は「悪い子」だったからだよ。


正しい知識を教えられないまま、センセーショナルでインパクトのある部分だけを摂取したガキがどうなるかってそりゃお前「ホモだけがかかる絶対死ぬ病気がある」になるわけ。
恐怖だった。
どうして同性を好きになるのかわかんないし、どうして同性を好きだと死ななきゃならないのかもわからないし、その疑問を解決してくれる大人はニヤニヤ笑ってごまかすし、なにから学べばいいかわからないし。
そうしているうちに「Queenの曲を聞くとホモになる。だってホモが作ってるから」の状況になっていった。
給食の時間に放送部が音楽をかけるんだけど絶対Queenの曲はリクエストしないことが暗黙のうちに決まった、ホモになるかもしれないから。
ホモになって死にたくないから。

ホモの音楽を聴いてるということはこいつはホモだオカマ野郎だ。
オカマ野郎は「悪い子」だから「いい子」が教育してやらないといけないんだ。
オカマ野郎なのが悪いんだ。
そうやってQueenを迫害した。
CMやドラマで曲が聞こえる度に耳をふさいでいた。


そしてベストアルバム「Jewels」発売。


家に帰ると「Jewels」があった。
オカンも買った。
ショックだった。
オカマバンドの曲をオカンが聞いとる、エイズになってまうとショックだった。そんでゴミの日の朝に早起きして割ってガムテープでぐるぐる巻きにして捨てた。
オカンは「TSUTAYAに間違えて返したかな」と言っていた。
教室で同じようにCDを家族を守るために捨てた子たちと手をつないで安心感を分かち合った。
家に帰るまでが怖かった、聞いてしまったのだオカンは、直接、あの音楽を、死んでいるかもしれないと怖かった。


「おかえり」
オカン生きてた。

これが2004年の出来事。
そんで今、2018年、Queen普通に聴いてる。

すっごい好き。多分こんなに耳障りのいい音楽が作れるグループはもういないから3467年に制作されたゾンビ映画でも「Don't Stop Me Now」かかってると思うくらい好き。

人間が持つ性と人間が好む性は一致しないことが多いし、どれを選んでもいい、誰を愛してもいい。愛さなくてもいい。
エイズは不治の病ではない。
Queenの映画がある、観に行こうと進んで思った。
そしてオトンのあの発言にぶち当たるのである。

「フレディー・マーキュリーはギリギリまで仲間に自分の病気のことを言わなかった、でも映画では言った。それは残されたメンバーの願望だろう」

そんな話をTwitterで見た、もうこの映画観る資格ないなってなった。
フレディー・マーキュリーが仲間に打ち明けられなかった原因がしゃくたんだからだ。

ちゃんとした教育と知識と理解があればよかったとは思わない。
あの狭い教室の中、狭いテレビの画面、小さい雑誌の紙面、それが発するメッセージと圧力にそれも屈せずに自分を貫いて「だから?」と言えるほど「できあがった存在」じゃない、子供は。
きっと同じようなことをしていたと思う。
でもCDは捨てたりしなかった。

Queenは女の音楽だ」と男が言う時に吐き出される息は2004年あの頃の教室でしゃくたんが吐いた息と一緒だ。
恐怖に支配されパニックになる楽な方を選んだバカだ、学ぼうと自ら動かなかったバカだ。
Queenの音楽はQueenのためのものだ、それ以外のなにものでもないのにね。

映画がもし観れたら、CDを買いなおそうと思います。

なんてまとめていいかわかんないからここで終わるね。

おわり

歯医者さんに16万円払ってきた話

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今これ近所のマクドナルドで書いてる。

しゃくたんの対応してくれた店員の歯は綺麗だった。

羨ましくなんてないし、「歯が綺麗だないいな」みたいなことも思わなかった、歯なんてそんなもんなんだよな。

 

 

 

しゃくたんVS虫歯のヒストリーは長くて最近になって原因が「唾液の量が爆笑するレベルで人より多いから虫歯になりやすい。どんなに気をつけても口内環境が虫歯のテーマパーク」なわけ。虫歯建設株式会社の慰安旅行先や。ガハハ。笑うな。というわけで割と歯がボロッボロなわけね。治療しまくりよ。

 


今回は下の歯の銀歯を綺麗な歯にしたわけ。

 

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この治療を始めようと思ったんは2年前に「しゃくたんって笑うと銀歯目立つな」って友達との飲み会の時に何気なく言われたからなんだわ。

 


「しゃくたんって笑うと銀歯目立つな」

「お前鼻の穴目立つやん」

「鼻の穴やばいやん」

「穴~~~」

で穴に野菜スティック突っ込んだりしたんやけど~クソか~飲み会のテンションがいつまで経っても大学生か~~~。

髪型変えた?とか今日のTシャツの柄なんなん?とか変顔やめてくださる?とかのテンションでサラッと言われたこの言葉がずーーーーーーっと残って残って今日に至るわけなー。

銀歯の件。誰にも言われたことないし、この1回一瞬の話だし、その後もその友達らと飲み会しては鼻の穴ネタで盛り上がるし、ほんとなんてことないことってのは理解してるんだけど、嘘、理解したかったんだよ。

 

 

 

その後。鏡みても写真撮ってもなにしても銀歯が気になって気になって仕方がなくなり別の歯が痛む時に「この銀歯をどうにかしたいんすよ~」と歯医者に言ってみたところ

 


インプラントなら1本10万円」

「途中でメンテナンスが必要になるけどそっちなら1本5万円」

「歯がいい状態なら1本3万円」

 


びっくりしたね。

 


さすがに高いやろ……めっちゃええレンちゃんモデルのライトセーバー買えるやん……スクラッシュドライバーとエボルドライバー買えるやん……そんなん……と躊躇ってる間にもしゃくたんは歯が気になって気になってついに手で口をおさえて笑ったわけな。

 

 

 

限界。

こうして治療を決意し、今日、終了した。

現金一括で払ってきた。

受付の女の子は「現金かよ」って顔してた。

 

 

 

なんか「いえーーーーい!これでしゃくたんの人生サイコー!」みたいになるかなって思ってたけど実際虚しさMAXでこれ書いてるし、無性に泣きたい気持ちが強いよ。

 

 

 

大体これもしゃくたんの「美醜恐怖症」と「ルッキズム」のせいな。これ。

 

 

 

映画「スターウォーズ/最後のジェダイ」観て最初の感想が「ブサイクは死ね」だったし、映画「リミットアサシン」観て最初の感想が「ブッサイクなアジア人がでしゃばんな」だったし、映画「ジュラシックワールド/炎の王国」観て最初の感想が「ブッサイクな女と男しかいねーのか」だったし。

 

 

 

美しくないものは生きている資格がないんだよな。だからしゃくたんは生きている資格がないんだよ。生まれ持った美しさが全て、美しく生まれなかったものには人権がない。美しくないものは馬鹿にしても笑ってもいい、なぜなら美しくないから。嫌なら美しくなれ、でもそれも馬鹿にするぞ、だってお前は美しくないから。だから資格欲しさに、笑われたくなさに、馬鹿にされたくなくて、しゃくたんのためじゃなくて、世間のために歯の治療始めたってのがこの虚しさの原因なんだよ。

バカにするくせに、笑い者にするくせに、こっちがリアクションしたら「そんなつもりはない、自意識過剰かよ、気持ち悪い」って言うじゃん。

 

 

 

しゃくたんがこんなんなったのは元を考えれば「吉本新喜劇」のせいかなって最近思う。

 


吉本新喜劇の世界では、どんなに凄くても偉くても芸が上手くてもスタイルが良くても「顔面がブサイクならバカにしてもいい」のが基本ルールなわけ。

 


「顔パンパンやん」

「ブッサイクやな」

「変顔してる?」

 


これを幼少期から見続けて面白いコンテンツとして摂取したしゃくたんらは

 


「ブサイクのくせにバレエしてる」

「ブサイクのくせに頭がいい」

「ブサイクのくせにエンジェルブルー着てる」

 


って笑ってたわけ。

 


顔が美しくなければ評価されない。美しくないものは生きている資格がないのだ。ブスに人権はない。人権がなくても生きては行けるが生きにくい。

 


これが地獄なのは「顔が美しいのは当たり前」なのよね。だからあとで整形や化粧やダイエットで美しさを手に入れたとしても

 


「ブサイクが必死だな」

 


ってなるわけ。

 

 

 

根底にはこれがあって、だからこそ「美しいもの」が大好きで異常に崇拝してまうんやと思います轟洋介くん様ちゃん~~。

 

 

 

あとブサイクに厳しいのは「ブサイクの自分はブサイクを自覚してこんなに自重して静かに暮らしてるのになぜ同じブサイクのくせにそんなに堂々としてるんだ狡い。わきまえろ。死んでしまえ」って感情だと思います。

 

 

 

整形なぁ。

整形してーけど、整形するってのはまず「自分の顔面は整形が必要なクソ顔面です」って認めなきゃなんないじゃん。整形決めた人は己にNoを突きつけられる自立した精神を持ったきちんとした人だと思うんだよ。自分を否定するの、めっちゃエネルギーいるやん。自分を否定しきれないからなあ。

 

 

 

美しいことは「当たり前」なんだよ、この世の中。ブサイクなのが「異常」なんだよ。老若男女国民みーんな美しくなくてはならないんだよ。ブサイクは息を潜めて小さく文句垂れずに生きろ。って感じやん。

 

 

 

地獄かよ~平成仮面ライダーか~あれすごない?画面に映るもの全て「美しい」んやで?ほんま……美しくないものは「正義」を語る権利ないからなほんま。ブサイクがほざいてるくらいなもんやでほんま。

 

 

 

なんていうか、美しくなりたいけど、今の自分は否定したくないから、一回死んで最初からめっちゃ美しくなって生まれたい。

 

 

 

しゃくたん。この銀歯のことターミネーターみたいでかっこいいと思ってたんやけどな。

 

 

 

とりとめないからおしまい

 

 

 

カイロ・レンめっちゃわいやん……ってなってる話


スター・ウォーズ最後のジェダイ見る前に「フォースの覚醒」の感想というか。覚書というか。しゃくたんはスター・ウォーズあんまりよくわかんなくて、デザインは好きだけど話はよくわかんないくらいの感覚。映画「ピープルVSジョージルーカス」は面白かったよ。


だから「フォースの覚醒」みたとき「こんなおもんないもんをずっと好きでいるなんて、すごいな」と思ったレベルなんだよね。

「おもちゃ屋さんの宣伝」って言われるだけあってキャラ萌えはすごかったけどね、ハックス将軍
だよ。ハックス将軍くそ萌えである~あ~ミリセントちゃん出てきてほしいんじゃ~。
で、カイロ・レンですよ。

カイロ・レン。

世の中には「ご両親が敬虔なカトリック教徒で幼少の頃より英才教育を受けて将来は協会関係の仕事に就くことを望まれながら現在のお仕事はアンチクライストの暗黒デスメタルバンドのボーカル」なんて人もいるわけじゃないっすか。もっと言えば「ご両親が酒屋さんを営んでいるサラリーマン」とか「親がスポーツ選手の音大生」とかいるじゃないっすか。


カイロ・レンはその手の男の子なんですよ。
カイロ・レンはついに出てきてしまった現代の親にとっての「怪物」なんですよ。


親の教育が悪かったので怪物化せざるを得なかったHiGH&LOWの「林蘭丸」ちゃんや、自分のコンプレックスを受け入れるために怪物化せざるを得なかったマイティソーの「ロキ」ちゃん。
ごくごく普通に生きていて、ごくごく普通に恋をして、ごくごく普通に結婚して、ごくごく普通に子供を作り、ごくごく普通に出産し、ごくごく普通に育てる中で映画に出てくる怪物は生まれなかったはずなんですよ。それが普通の話で、当たり前のことだったんですよ。


レンちゃんは「自分にとっては最高!だけど周りにとっては最悪」なんですよ。
正直自分の子供が怪物になるケースだと一番リアリティがあるのがレンちゃんパターンなんだよね。「ネットで真実を知った」とか「大学で先輩にサークルに誘われて」とかだからこそリアリティが出過ぎるから描かなかったのにスター・ウォーズというドデカイコンテンツでよく出したよね。レンちゃん。


レンちゃんはレイアとソロの子供で、ルークの弟子というスター・ウォーズ夢小説の最強愛され主人公ポジションなんですよこんなの、多分三人ともそりゃもうとんでもねえ愛情を注ぎまくたはずです。多分ね、もうね、テンションからしてレンちゃんがつかまり立ちした日は国民の休日なってますよ。

でもレンちゃんにとっては、その愛が苦痛だったわけじゃん。

100人が100人みて「めっちゃええやん!てかそれで嫌って言うのはわがままじゃん。うちなんかさー」って流れになるくらい恵まれた暮らしをしてたレンちゃん。でもレンちゃんには苦痛だった。だってレンちゃんはレンちゃんだもん。レンちゃんはソロでもルークでもレイアでも、ダースベイダーでもないんだん。レンちゃんなんだもん。

レンちゃんにはレンちゃんの幸せがあって、それを見ることなく「自分が与えて欲しかった幸せを与えれば幸せになってくれる」の押し付けでしんどくなったんじゃねえかな。

女の子ならピンクの小物、みたいなもんでさ。

レンちゃんの孤独や苦しみを本当に理解してくれるのは「ダークサイド」でレンちゃんもダークサイドにいると安心して本当の自分になれたんじゃないかな。

個人的な話になるんですけど、しゃくたんのオトンとオカンはいわゆる「パリピ」「リア充」なんですよ、休みの日は高校の頃の友達とかと未だに遊びに行くタイプなんですよ。
からしゃくたんの「おうちすこ」が理解できないんですよね。

オトンとオカンにとっての幸せは「友達とオールで飲み」なんですよ。
しゃくたんにとっての幸せは「おうちでお布団に入って映画鑑賞」なんですよ。

これを「まぁそういうのもあるよね」と分けて考えてくれればいいんだけど、オカンは「おかしい!だって私はつまんないもん!だから絶対それつまんない!人生損してる!本当に面白いこと教えてあげる!だって私が面白いもん!みんな面白いって思ってるよ!」って感じなんでもうね、最悪で高校の頃にこれで一回大喧嘩したくらいなんですよね。

オカンの考える「しゃくたんの人生成功幸せルート」はなんというか客観的に見たら本当に幸せだったんだけど、しゃくたんからしたらしんどくて辛くて息ができないもんだった。
それに外れているしゃくたんはダメ人間で悪人で理解できない存在なんだよねオカンのなかで。

そん時に思ったのが「自分が生きるために、この人を殺さないと、いつかこの人に殺されるんじゃないかな」ってことなんですよ。


レンちゃんがソロを殺した時、めっちゃすっきりしたのはあの時のしゃくたんはソロの「一緒に頑張ろう」を信じて手を取って踏みにじられたからで、レンちゃんはあの言葉が自分にとってのハッピーエンドへ向かうためのフラグ立てでしかないって分かって殺してくれたんだって嬉しかったんですよ。


しゃくたんだってオトンとオカンより友達が少ないこととか、オトンとオカンの結婚した年齢を超えて独りなこととか、このまま生きていくとオトンとオカンの生涯年収より稼げないこととか、親の言うこと聞いてたらもうちょっとましだったのかなとか、悩んでるわけですよ。やっぱり親って正しいのかなってさ。しゃくたんを殺して○○ちゃんとして生きていければ楽だったのかなって。


そんな中でレンちゃんを見たとき、スクリーンの中で苦しんでる○○ちゃんがいて、しゃくたんは救われたというか悲しくなったというか情けなくなったというか、上手く言語にできないけど、ただただ「がんばれ」って感情でいっぱいになった。



この世界にはカイロ・レンがたくさんいて、たくさん悩んでる。
親や世界から差し伸べられる救いの手が苦痛の刺だらけに見える子供が沢山いる。
親にとってのダークサイドこそが救いの子供もいるし、自分だけのライトサイドに適応していく子供もいる。


「親は親」「子供は子供」で「子供は親とは別の個体」なんです。


「俺はスター・ウォーズだいすきで、子供にもスター・ウォーズ見せて育てた、子供もスター・ウォーズ好きって言ってる」のは子供が親の英才教育により「スター・ウォーズだいすき!」になったんじゃなくて子供からしたら「親がそういえば静かだから言ってるだけ」ってことかもしれないってちょっとは考えて置かないといけないって話よ。いつの日か「スター・ウォーズとかつまんねえよ」と子供に言われても「そっか」と言える親になろうな。



以上、しゃくたんのオカンがしゃくたんを産んだ年齢で「スター・ウォーズ フォースの覚醒」を独身でみて思った感想でした。

今回予告でレイアをぶっ殺す感じのレンちゃんが出てたけど、未だにオカンを殺して自分も死のうかと思ってるしゃくたんはここでその思いにケリをつけられるんやろか。ひとりの少年が汽車に乗るには何人母親を殺せばいい?って寺山修司は映画「田園に死す」で言ってたけど。レンちゃんがレンちゃんをやめるにはあと何回レイアとソロを殺せばいいんだろうか。


おわり